「早くしなきゃ」「今すぐ欲しい」。
そんな感覚で毎日を過ごすことが、当たり前になっていないでしょうか。
天然酵母のパンを焼き、畑で土に触れる暮らしをしていると、
自然にはまったく違う時間の流れがあることに気づきます。
**************

発酵食品を手作り、田舎暮らしを実践している椿留美子です。
東京から家族で移住、のんびり・・と思いきや、全く忙しい!
全然スローライフじゃないよ〜、と思いながらあたふたしています。
田舎暮らしの知恵と奥深さをお伝えしたいと
東京と田舎を行ったり来たりしながら発酵教室を開催しています。
毎朝メールより音声配信をしています。
このお話を音声で聞きたい方はこちらから
待つことは、遅れることじゃない——自然が教えてくれた「時間の幅」という懐の広さ

天然酵母のパンは、時短にならない
天然酵母は、イーストのように短時間で発酵しません。
思い立ったらすぐパンになる、というわけにはいかないのです。
だから、仕込みの計画が必要になります。
仕込みの計画には、ゆとりがある

いつ焼きたいから、いつ仕込むか。
そんな計画を立てていきますが、その計画は
「何月何日の何時に」というきっかりしたものではありません。
ゆとりのある期間になります。
計画は立てなければいけないけれど、その計画には余裕がある。
この余裕があるからこそ、心にゆとりを持ちながら、楽しみながら取り組むことができます。
予定していた仕込みを忘れてしまうこともあります。
イーストのパンであれば、こねて、発酵させて、成形して、焼くという
一連の流れを、決まった時間の中で終えることができます。
でも天然酵母は、そういうわけにはいきません。
時間内にすべてを収めようとすると、うまくいかないことが多いのです。
時短に慣れていると、最初は戸惑うところかもしれません。
畑の種まきにも、幅がある

畑仕事も同じです。
目安はあっても、きっかりの正解はない
農家さんの間には、何月何日ごろに種をまくという目安があります。
でも、それは絶対のものではありません。
気候の変動や、そのときどきの天気の様子を見ながら決めていきます。
少しぐらい遅れても大丈夫。
少しぐらい早くても大丈夫。
そこには、思っている以上に幅があります。
それでも「大事な期間」という守るべき軸がある
ただし、なんでも許されるわけではありません。
大事な期間を過ぎてしまうと、まったくできなくなってしまうこともあります。
その大きな枠の中で、自由に動いていい。
この振り幅の広さが、自然のすごさなのだと感じています。
便利になった分だけ、忙しくなった私たち

文明が縮めた時間が、私たちを急かしている
今の時代は、
すぐに食べたい
すぐに手に入れたい
という感覚で過ごすことが日常になっています。
交通網が発達し、以前なら何日もかけて行っていたことが、今では日帰りや数時間でできるようになりました。
便利になったはずなのに、次から次へと予定に追われている。
便利になった分だけ、忙しくなっているように感じることがあります。
発酵食との付き合いが、待つ感覚を取り戻す

本来、人は待つことが当たり前で、待つことにいろいろな工夫を重ねてきました。
今、私たちがその感覚を取り戻そうとするとき、発酵食との付き合いはとても良い入り口になると感じています。
待つことは、決して遅れることではありません。
自然には、きっかりの正解の時間ではなく、幅があります。
その幅の中で、心にゆとりを持ちながら進んでいく。
それが、自然の懐の広さなのだと思います。




コメント